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お料理カルト

美味しい料理とは何かを探す料理狂の備忘録

おいしいってなんだ?(前編)

「おいしい」とは、なんだろうか?
皆さんは、どんなものを「おいしい」と思うだろうか?


サシの入った高級な和牛のステーキ?
銀座の一流の職人が握ったお寿司?
香港の屋台で食べた汁そば?
お母さんが作ってくれたカレー?


などなど、いろんなものを思いつくだろう。
逆に大人になると「まあ美味しいけど、それなりよね」という経験も増えてくる。


そこで、僕らは何を「おいしい」と感じて食べているのか?
ということを最初に紐解いてみようと思う。
「おいしい」というゴールが見えないのに、料理を美味しく作ることなどできないからだ。

味覚は全感覚の1%程度

だいぶ前の出典となるのだが『産業教育機器システム便覧』によると、

五官による知覚の割合は
視覚器官が83%
聴覚が11%
臭覚3.5%
触覚1.5%
最後の味覚が1.0%だそうだ。

1972年のため、現在は多少割合に変化はあるだろうが、
直感的に考えてみても、大きくそんなに変わることはないだろう。
つまり情報を取得する際は「圧倒的に視覚有利」ということを覚えておく必要がある。
さらに、香りや舌触りの触覚の方が純粋な「味」よりも感覚として上位というのもポイント。


確かに、生野菜などは味がほのかにしかしなくても、
香りがよく食感の良ければ、それでおいしいと感じることも経験的に理解できる。


また、見た目が重要視されるケーキの専門学校の記事(※1)では

「わぁ!美味しそう!」と皆さんが、感じるのは、以前に美味しかったという記憶に残っている情報検索と、今、目の前にある料理を比較し、その時の美味しさより上回るかを予測し、視覚によって得た美しさにより、「きっと美味しいはず!」と認知しているのです。

としており、視覚の重要性を説いている。


【この段落のまとめ】
・「美味しそうに見える」というのは最も大切なことの一つ。
・純粋な「味」よりも、「香りや食感」が実は優位感覚。料理を作る上で常に意識が必要となる。


おいしいは経験と記憶に左右される。


小学生の頃からビールがおいしいという人はいないように、
最初からパクチーが大好物という人が少ないように、
おいしいはかなりの部分、経験によって作られている。


料理の見た目や内容、食べたシチュエーションなどを記憶と照らし合わせて
「あのレストラン美味しかったから、きっと今回もこのくらいおいしいだろう」とか
「普通の海の家なのに、ここのラーメン、やばいおいしい!」とか言ったりする。


全く食べたことのないジャンルや味の想像のつかない料理は別としても
ほとんどの料理は「過去とくらべてどうか?」で判断される。


時として、過去に好きだった片思いの恋人のように、記憶補正がかかって
「昔は美味しかったのに、全然ダメだな」なんてことも珍しくない。


つまり、誰にどんなシチュエーションで、料理を出すのか?は、おいしさに直結した問題と言える。
例えば、レストランのように「誰が来るか?」までは推測できない場合、
似たようなレストランで食べた場合よりも良い方向で予想を越えさせれば良い。


逆に家庭料理を専門とする僕のような人間は、食べる人の情報も加味して作ることが可能だ。


例えば、ご飯を食べに来る友人がBBQが好きな人であれば
炭で焼いた極厚肉のおいしさは知っているだろうし、
海の地方の出身の人であれば、とれたての魚介のうまさも知っているだろう。
はたまた、ラーメン二郎をこよなく愛する人に薄味の料理は出さないだろう。


つまり、彼ら・彼女らにどんな料理がおいしいと思ってもらえるか、
それらを想像してメニューを構築すると、
「おいしい」に近づけるヒントになるのではないだろうか。


【この段落のまとめ】
・料理の「おいしい」は、食べ手の「過去のおいしい記憶」との戦い。
・家庭料理を作る人は、食べる人個々人まで掘り下げた「おいしい」を考えることができる。



今回はこのくらいで筆を置きたい。
次回は、「おいしい味覚」を考えることを書いてみたいと思う。

※1)
料理は目で食べている? | 栄養士・調理師・製菓衛生師の学校:兵庫栄養調理製菓専門学校